皆様、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
本日は、令和3年初めの例会です。
京都府立植物園名誉園長にして、京都府立大客員教授の松谷茂先生に
京都府立植物園を案内していただきました。
参加者は、音楽教室(三味線・謡)の皆様と
大島先生、才村さん、関谷先生、野村さん、藤田博美さん、松谷先生、吉原さん、田中の総勢20名です。
松谷茂先生は、藤田博美会長と同級(五黄土星)です。
徳川吉宗が、朝鮮人参などの薬用植物栽培目的で作らせた「小石川御薬園」
に次いで、国内で2番目に古い「京都府立植物園」ですが、
元々京都府が、大典記念博覧会会場として購入した土地に、
三井財閥から、55万円(当時)の寄付を得て、大正6年(1917)に着工し、
同13年(1924)1月1日に「大典記念京都植物園」として開園しました。
第2次大戦中は園内に菜園が設けられ食糧増産の場になり、
戦後は、昭和21年(1946)から12年間連合軍に接収されました。
進駐軍接収の際、多くの樹木が伐採される(24万㎡⇒7万㎡)など
苦難の時代が続きましたが、昭和36年(1961)4月、
憩いの場、教養の場としてその姿を一新し、再び公開しました。
再開後も園内整備事業を推進し、昭和45年(1970)に「日本の森」を、
同56年(1981)には、「洋風庭園」を造成しました。
平成4年(1992)4月に「観覧温室」、「植物園会館」を竣工、
同年12月には「北山門」を整備しました。
また、平成21年以降
「日本一おもしろい、心やすらぐ植物園」づくりを基本コンセプトに、
「植物展示場」、「四季彩の丘」、「ボタニカルウインドウ」、
「昼夜逆転室・高山植物室(いずれも観覧温室内)」等の植栽関係施設や、
「森のカフェ」、「エコ路地」、「賀茂川門」、「北山カフェ」、
「北泉門」等の入園者の利便向上施設の整備充実を図ってきました。
平成26年(2014)には開園90周年を迎え、植物園が府民の憩いの場に加え、
自然に対する親しみと敬いの心を育む、花・緑の活動の拠点として、
また、学習・教育の場としての社会的役割がますます高くなっており、
今後さらに増加し多様化することが予想される
利用者のニーズに対応すべく、
情報の提供や新たなプログラムの創設など
さらなる内容充実を図っています。
園内の南半分には、正門付近の1年草を中心とした四季の草花が鑑賞できる
正門花壇と観覧温室及びバラを中心とした造形花壇、噴水や滝のある
沈床花壇よりなる洋風庭園などの人工的な造形美で構成されています。
中でも、観覧温室は、キソウテンガイやバオバブなど
世界の熱帯植物が身近に観賞でき、規模、植栽植物の種類ともに
日本最大級の温室となっています。
これに対し、園の北半分には、園内唯一の自然林である
半木(なからぎ)の森や日本各地の山野に自生する植物を
できるだけ自然に近い状態で植栽した植物生態園、およびその周辺には、
わが国の風土に育まれ、古くから栽培されてきた桜、梅、花菖蒲などの
園芸植物や竹笹、針葉樹などを植栽した日本の森として、
より自然的な景観を形づくっています。
また、北西部には四季彩の丘があります。
植物園会館には、研修室、展示室、園芸サロンの施設とともに、
生涯学習の拠点となるよう植物に関する図書を整備し、
植物園に対する多様なニーズに応えるよう努めています。
また、1年を通じて各種展示会をはじめ、植物園教室、観察会などの
催しや、植物園芸相談などを行っています。
>>>松谷先生のお話と京都府植物園の公式HPより
約100年続く京都府立植物園を生き返らせた松谷先生の
現場重視のほんまもんで勝負という心意気をビジビシ感じる案内のスタートです。
まず第一にほかの植物園と違うのはラベルの多さ。
暖かくなれば様々な草花が咲き誇る花壇ですが、そのウラには、季節ごとの入れ替えやバックヤードでの計画的育成など、職員の地道な作業があります。
24haの加茂川の川沿い(旧氾濫原)の植物園で自然をそのまま見せています。
九州に自生している「バクチノキ」(身ぐるみ剥がれて、皮を落としていく)
↑ケヤキ・エノキなど、山城地区の自然を残す林を生かして球根の花を咲かせる。
チューリップ・ヒヤシンス・スイセン・スノードロップス・ムスカリなど、
中東~地中海原産のものは湿潤を嫌うので、
ケヤキの根が水を吸い上げる盛土に植えるなどの工夫がされています。
ジュラ紀の植物「ジュラシックツリー」豪シドニーで1994年に発見された。
葉のつき方は、太陽光を逃がさないように合理的に設計されていて、
頂部の芽は、粘液に覆われ(乾燥などから)保護されている。(トチノキにも見られる)
サワラ(椹)ヒノキより材質は劣るが、水湿に強く桶材に使われる ヒノキ科/松谷先生直筆の説明書
水辺のただの草なのかと思っても、名前があって、説明がついています!!
園内に流れる水は、加茂川からひいて、一旦池に溜めたものや、
松谷先生の設計による、深さ100メートルの井戸の水で、
夏には、園内で水の取り合いになって大変だそうです。
↑アカマツ
↑ヌマスギの呼吸根(松谷先生手書きの掲示版)花菖蒲と一緒に展示する苦心がありました。
「ヒマラヤスギ」雌雄同株のものと、雌株、雄株が混在する不思議な木。
ヒマラヤスギの大きな松ぼっくり。種を飛ばせています。
松の種子には、翼:ウイングがついていて、
種をできるだけ親木から遠くへ飛ばそうという戦略です。
「かわいい子には旅をさせよ」⇔
「子供をスポイルするのは簡単で、いつまでも手元に置いて、
欲しいものを何でも与えることだ。」
という教訓だそうです。
オオバメギ:ヘビノボラズ(コトリトマラズ)から、
ベルベリン(苦い下痢止め)が採れることを教えて頂きました。
ヘビノボラズとかコトリトマラズとかバクチノキとか魅力的な名前ですね。
川端康成の「古都」に登場する国内有数のクスノキ並木。
クスノキ並木で落ちた枝を匂うといい匂い(香木)がします。
昔のタンスの虫よけ=樟脳:ショウノウです。
並木の北側に、肉桂:ニッケイの木がある。
3時間にわたり、園内を案内して頂き、
16:00、中央ひろば槐(エンジュ)の木辺りで散会しました。
松谷先生、誠に有難うございます。
さて、
田中康一さんが仰るには、AIは、人間が作ったものだから、理解し易いが、
生物は、人間が作ったものではないので、解らないことばかりだそうです。
僕(野村)は、そう思いません。以下に、その理由を論じます。
生物には、生存戦略という一定の「方向」があります。
ダーウィニズムです。
植物園の講義にもあったように、それぞれの生存戦略の結果が
現生植物であり現生動物です。
また、生物には「セントラルドグマ」があります。
セントラルドグマ(英: central dogma)とは、遺伝情報は
「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」の順に伝達される、
という、分子生物学の主たる(中心の)概念です。
生物(やウィルス)は、次々とニューモデルを発表して、そのうちの一つでも
次世代に生き残れば、目的が達成されるという生存戦略をとっています。
いわば、リチャード・ドーキンスが語る「盲目の時計職人」。
盲目の時計職人とは、18世紀のイギリスの神学者ウィリアム・ペイリーが『自然神学』において記した「時計職人のアナロジー」に帰している。ペイリーはダーウィンが『種の起源』を発表するより半世紀以上も前に、ある時計の存在が、その時計を作り出した職人が存在するという信念を肯定するのと同様に、生物もまた、その複雑性から生命の作り手(神)の存在を肯定すると提案した。これを受けドーキンスは、人間によるデザインと自然選択作用がもたらす設計能力とを対比させ、自然淘汰などの進化の作用は「盲目の時計職人」のようなものだと述べている。blind watch maker
とか
『遺伝子の川』遺伝子の川とは、空間ではなく時間を流れる情報の川である。その流れをさかのぼることは、生命そのものを理解することである。果てしなく自己複製を続けるDNAに導かれ、進化は、そして人類はどこへ向かっていくのか。『利己的な遺伝子』のリチャード・ドーキンスが語る自然淘汰とダーウィン主義の真髄。
DNAは「不滅のコイル」にも喩えられます。『』内は、書名。
一定のインプットに対して一定のアウトプットがある、という共通点で、
AIと生物学は、それほど隔たったものではなく、「ある時計の存在が、
その時計を作り出した職人が存在するという信念を肯定するのと同様に、
生物もまた、その複雑性から生命の作り手(神)の存在を肯定する」by
W.ペイリーということですが、
R.ドーキンスは、生命の作り手はDNA(不滅のコイル)とした上で、
神の存在を否定し、W.ペイリーの提唱するblind watch makerこそ、
作り手:DNAであると考えたのです。
そして、AIの分野においても、生物の分野においても、
神ならぬ watch maker(創造主)が存在し、
当然、お互い相容れないものではないと考えます。
僕(野村)は、ダーウィニスト(Darwinist;ダーウィン進化論支持者)にして、
ドーキンシャン( Dawkinsian;ドーキンス支持者)で、R.ドーキンスの言う
深遠な宇宙や生命の数十億年にわたる進化の理解、生物の分子的な解明は、
神話や疑似科学よりも遥かに美しく、驚異の世界を我々に教えてくれる
という意見に与する者(「宗教は科学と両立し得ない」と考える者)です。
ダーウィニスムとセントラルドグマという補助線を引くことにより、
生物学の理解が進むのではないでしょうか?
勿論、生物の分子的な解明=生物の理解とはなりません。
スルメイカの干物を詳細に調べてもスルメイカは解明されません。
『世界は分けてもわからない』より
「ヒトの目が切り取った『部分』は人工的なものであり、
ヒトの認識が見出した『関係』の多くは妄想でしかない」第七章163ページ
同様に、DNAの分子的解明≠その生物の理解ではないです。
ウィルスや病原菌や癌細胞なども、それぞれの分子的な解明と
そのものの理解とはイコールではないです。
また、生物にはホメオスタシスやアポトーシスがあって、多細胞生物は、
常に細胞を更新して生き続けます。
細胞は日々入れ替わって、生命が維持されるので、福岡伸一によれば
遺伝子と生物体は、いつもパ・ド・ドゥを踊っていると喩えられます。
↑これも、セントラルドグマ・ホメオスタシスを踏まえた言い方です。
別(ゲームの理論)の言い方をすれば、プレーヤーは、DNAだけではなく、
ウィルス・病原菌・癌細胞・他の同種の生物・異種の生物・・・
そして特に、環境、適応能力などもある。
同化サイクル・異化サイクルやATPサイクルなどの各種反応系
や酵素・補酵素も沢山ある。
だから、ある種の遺伝子が分子的に完全に解明されても、直には、
生命の理解とならないのだとも言えます。
但し、遺伝子の分子的な解明の重要性を否定するものではありません。
マツタケで言えば、遺伝子の分子的解明は可能で、
生活環(ライフサイクル)もほぼ解明されているのに、
人工栽培ができていないというのが現状です。
実は、生活環(殊に、マツの根への感染経路)が完全解明されていないのです。
大島先生によると「マツタケのmRNAから作られる酵素は20種類もあ
って、どの酵素が子実体になる分岐点になるのかパラメーターが多すぎる」
ということですが、酵素を特定するために、遺伝子をノックアウトして
繋ぎ合わせて、追跡するという地道なやりかたが案外近道かもしれません。
マツやマツタケのシロに対して、人生が短すぎるのか?
大島先生は、毒キノコの「毒を作る遺伝子」をノックアウトしたら、
食用キノコを作ることができるし、バカマツタケやマツタケの
香りを作る遺伝子を、エリンギ等に入れてやれば、理論上、
マツタケの香りのするキノコを作出することができると仰います。
実際、光るメダカや、青いバラなどは、遺伝子操作で作られました。
そう言えば、府立植物園を12年にも亘り接収していた進駐軍(欧米人)
に言わせると、マツタケの香りは「軍人の靴下の匂い」だそうです。
僕は、高校三年生の頃、何処かの農学部に入ってから、農林省⇨林野庁に入り、国立公園の営林の仕事をしながら、自然の中で、山葡萄・月輪グマ・ニホンザル・ニホンカモシカ・石楠花などに囲まれて、読書三昧し、テキトーに文筆活動をするという生活を夢見ていました。松谷茂さんは、そのモデルのような人生です。現在の僕は、かにかくに、webで文筆活動をしながら、テキトーに生きているので、松谷先生ほどではないにせよ、高校生の頃夢見た生活に近いかも知れません。京都府営林出身の吉原孝次さんや藤田博美さんは、どうなのでしょうか?